【あだち銭湯歴史探訪 〜若松湯〜】


♨千住若松町からはじまった

東武伊勢崎線五反野駅から駅前の商店街を北へ5分ほど、小振りな飲食店や
商店を左右に見ながら歩くと、レンガ色をしたコーポラス形式の建物1階
部分に「美肌軟水 若松湯」という看板を見つけることができる。
いくつかのテナント店舗と住居が入るこの3階建ての建物に、もしも屋号を
示す看板が無かったら、ここに銭湯の入り口があるとは気付かないかもし
れない。
自転車の親子や買い物の主婦達が通りを行き交い、軒先の商店主同士が挨
拶を交わす。若松湯は、そんな下町の駅前通りらしい雰囲気にとても合う、
コンパクトな佇まいのビル型銭湯だ。

入口

若松湯は昭和30(1955)年5月開業、今年で61年目を迎えた。
開業当時この場所は「千住若松町」と呼ばれており、この地名から屋号が
「若松湯」となったという。
昭和41(1966)年に住居表示が実施され現在の「中央本町」という町名に
なるまでは、「千住八千代町(現在の梅田)」など、荒川北岸にもまだ
「千住」の名がいくつか残されていた。

開業時の店主は山田 利四郎さん。
若松湯を開業するまでは、梅島駅前にあった銭湯を兄と共同経営していたが、
独立して現在の場所で銭湯を開業した。
開業前、利四郎さんはお客の背中を流す三助の仕事をしていたことがあるそ
うだ。三助が現存しない今だからこそ、当時の話を是非聞いてみたいものだ
が、残念なことに利四郎さんは昨年急逝。
現在若松湯は息子の知孝さんが店主として継いでいる。

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(写真:銭湯まち歩きツアー(平成26年10月4日実施)にて、参加者に当時の様子を話す
    利四郎さん(左から2番目)。17歳の時から約10年間、さらしに半股引姿で鉢
    巻きを締め、多い日は50人以上の背中を流していたとのこと)

 

二代目ご主人(知孝さん)によると、五反野駅前から続くこの商店街には、
昔は水路があり、住民の生活導線としては、一本西側の道のほうが賑わっ
ていたそうだ。
このため若松湯の玄関も、開業からしばらく経って建て替えるまでは、現在
の建物の反対側にあり、玄関の前にバス停があったため、バスを利用して
若松湯に来るお客も多く、とても賑わっていたとのこと。

それから次第に道路が整備され、水路も埋まり、住宅や建物が増え、いわ
ば“玄関の裏側”に現在の商店街が造られて、往来する人々の流れも変わっ
ていったそうだ。

 

♨ピンチ!からの軟水導入

こうして商店街が成長してゆく中で、若松湯は昭和55(1980)年に建て替え
を行った。
この建て替えを機に商業テナントを入れ、住居と本業の銭湯を集約し、現在
のコーポラス形式の建物にした。そして玄関も“裏側”に設えた。

ご主人は先代を振り返り「新しいものや、新しいことをするのが好きな人だ
った」と懐かしむ。
銭湯経営に関することだけではなく、日常でも常に新しい情報にアンテナを
張り、目で見て、そして触れるようにする人だったそうだ。

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(写真:先代 山田利四郎さん。いつも優しい笑顔で迎え入れてくれていた。
    利四郎さんと話すために若松湯に来るというお客さんも多かった)

 

この建て替えではサウナを導入。
仕切りで区切ったことにより情緒豊かな存在感がある岩風呂には、漢方湯を
入れて癒しの場として提供した。
この漢方湯の岩風呂は、今もなお人気があり、話題の軟水と並び、若松湯を
代表する特徴の一つとなっている。

女湯浴室
(写真:女湯側。見事なタイル絵の横にあるドアを開け、岩風呂へ)

若松湯岩風呂
(写真:風情がある岩風呂。日々の疲れを癒してくれる空間)

中普請では昭和63(1988)年に番台形式からフロント形式に造り替えた。
そして先代の新しいもの好きが最も発揮されたのが、同年の「完全ガス化」
といえる。
ご主人によれば、当時都内の銭湯の中で一番初めに導入したのが若松湯だっ
たそうだ。大きな設備の投資変更の決断には相当なものがあったと思われる
が、緻密な計算とシミュレーションの結果、最後に先代に決断をさせたのは
自らの「新しいものへのこだわり」だったに違いない、そうご主人は語る。

この完全ガス化によって肉体的な労力の軽減や薪を焚くことによる火事の不
安がなくなったことは、その後の銭湯運営にも大きな利点をもたらしたという。

こうして先代とご主人、両輪での銭湯経営は軌道に乗っていたが、若松湯最大
の窮地が訪れることとなる。

今から10年ほど前の大晦日、12月31日にそれは起こった。

若松湯は、地下からパイプを使って井戸水を汲み上げ、これを沸かして使用
しているが、知らないうちに地下では地層が崩れており、このパイプを侵食
してしまっていた。侵食部分からは地下水と一緒に砂が沁みこみ、パイプ内
に溜まるようになっていたのだ。
このため、汲み上げた地下水には砂が混ざり、その結果、浴槽、カラン、シャ
ワーに至るまで、水と一緒に砂が出てしまったのだ。

屋上パイプ説明
(写真:屋上にて当時の説明をするご主人(左側))

ご主人と先代、この時ばかりは慌てたという。
「だってさ、シャワーひねると砂が出るんだよ!?よりによって大晦日に。
こればかりはどうにも参ったよ」とご主人はその時を振り返る。

年が明けて1月2日、新年初湯の朝も砂は収まらず、そのため「砂が出ていま
す、よろしかったら無料ですのでご利用ください」という旨の貼り紙を出し
て営業したという。
「これで大分お客さんが離れて行っちゃったんだよ」とご主人は、今も口惜
しそうに話す。

応急的な修繕を繰り返しながら、どうにか日々の営業は継続して行えたが、
そんな中、先代が体調を崩されてしまったこともあり、次第にご主人に様々
な判断が委ねられるようになっていった。

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(写真:二代目ご主人 山田知孝さん。優しい笑顔はお父様譲り?!)

ご主人は下町らしい気風の良さと、穏やかで冷静な表情を合わせ持った魅力
的な人物だ。
行動してみて、そして考えてまた動く。
銭湯経営という商売の中で代を継ぎ、この場所で銭湯をやりきるという想い
の中でこういった資質が醸成されてきたのだと、話をして感じる。

砂のアクシデントの後、ご主人は浴室のタイルに手を入れた。
「お客に喜んでもらうには、まず中を綺麗にしていこう」と考え、タイルを
磨いた。
新しいことも必要だが足元をきちんと維持しよう、という気持ちが、砂の件
により一層強くなったのかもしれない。
軟水や漢方岩風呂、充実したアメニティといった、若松湯が人気を集める要
素の一方で、ご主人は今もこのタイル磨きにこだわっているという。

浴室1
(写真:ピカピカに磨き上げられたタイルや鏡。常に徹底した掃除を心掛けているそう)

だがその後、再び設備面でのアクシデントが若松湯を襲った。

平成23(2011)年発生した東日本大震災から3か月経った時、タンクのひび
割れが露呈した。水漏れである。

この危機に直面してご主人は冷静に考えた。「タンクはもちろん替えなけれ
ばならない。ならば、これに合わせて砂の除去装置も入れたほうが効率良い。
地下のパイプに不安も残っている。そしてボイラーに負荷をかけず故障リス
クを減らすには、軟水装置も導入してはどうか?軟水はボイラーには好都合
だ」という考えに至った。

軟水装置
(写真:屋上に設置された軟水装置)

早速この考えを実行に移すこととなるが、これも「新しいもの好き」という
先代の血を見事に受け継いでいるが故なのかもしれない。
当時都内の銭湯では数件が既に軟水を導入していたが、お客の感想も様々で、
リスクがある設備投資だとされていた。
しかし、こういった情報を先代がそうしていたのと同様に、好奇心のアンテ
ナで捉え、先んじて導入した銭湯に足を運び、軟水の研究をしていた行動力
こそが、窮地での導入に至る原動力となった。

こうして作られた若松湯の軟水風呂は、美容と健康に良いと人気で、遠方か
ら訪れるリピーターも多い。

湯船
(写真:なみなみとお湯をたたえた軟水風呂)

 

♨地域と共に

ご主人はアメニティの充実にも積極的だ。
この夏は男湯に備え付けのボディソープとヘアシャンプーに、ひんやり感が
楽しめる新しいシリーズを追加した。これは都内ではまだ若松湯のみの導入
だそうだ。また、シェービングクリームが常備されているのも、他の銭湯で
はなかなか見かけないサービスである。
女湯では定期的にブランドを変えて機能が高いアメニティを提供しており、
女性客からの支持を集めている。

アメニティ1アメニティ2
(写真:アメニティとサービスの研究に時間を惜しまず、忙しい合間を縫って
    宿泊施設やビューティーサロンなどを巡っては、情報収集を精力的に
    行っている)

もう一つご主人が注力しているのが、商店街を中心とした地域社会の育成だ。
銭湯を開放し、地域の小学生に風呂掃除の体験と入浴マナーを教える機会を
作っており、この活動は高く評価されている。
また、浴場フロントを始め脱衣所にも近隣商店街のイベント情報などが掲示
されており、訪れた利用客の情報源となって機能している。

ご主人は大学の街づくり研究サークルなど、若い世代との交流にも積極的に
取り組んでおり、地域学習センターで行われる「銭湯と街づくりの関係性」
についての勉強会にも参加している。
銭湯を含めた地域商店の回遊性を高める工夫を常に形にして、イベント開催
にも尽力している。
地域商店街でのイベントは「関わる商店主それぞれが、当事者としてモチベー
ションを上げ続けるにはどうしたら良いか」ということを説きながら、リー
ダーシップを発揮して五反野の町を牽引している、そんなご主人は「毎日、
体力との闘いだよ」と笑って見せるが、その笑顔はまだまだ若々しく、頼り
がいがある。

若松湯煙突
(写真:四ツ家交差点先から見える若松湯の煙突。煙突に昇るネコのオブジェは
    銭湯芸術家ウエハラヨシハル氏の作品)

 

 
【若松湯】
足立区中央本町2-19-11 ☎03-3886-5230
営業時間 15:00〜24:00
定休日 金曜
開業:昭和30(1955)年5月、改装:昭和45(1970)年、昭和55(1980)年
中普請:昭和63年(1988)年