【あだち銭湯歴史探訪 〜四ツ家浴場〜】


♨創業のころ

四ツ家浴場は、東京都足立区青井3丁目に暖簾を構え今年で51年。

四ツ家6

店主は井須 昇さん、上京する前は石川県小松市でうどん製造の
会社を営んでいた。
昭和30年中頃、東京の新宿で銭湯を営み、石川県出身者による
銭湯業の組合を親方として束ねていた親戚がおり「東京の風呂
屋業は景気がいいから」と誘いを受けた。

これをきっかけに東京で銭湯を経営すると決め、土地や家屋な
どを処分し、当時結婚間もない奥さん(現女将、貞子さん)と
昇さんの親ともども、石川県を後にした。

最初に一家が移り住んだのは埼玉県川口市。
すでに銭湯として営業していた古い建物を買い取った。この場
所が昇さん夫婦の銭湯業のはじまりとなった。

約2年間この地で銭湯を営んだ後一家は荒川を渡り、次は東京都
荒川区尾久で2軒目の銭湯経営に従事した。
当時(昭和30年代後半)は、産業や経済の成長により銭湯業も
活気にあふれていた。
区営や都営の集合住宅も数多く建てられたが、まだ各家庭に浴
室が行き届いていなかったため、こういった集合住宅が建つ地
域を目指して多くの銭湯が立ち並んだ。
「毎日とにかくお客さんで賑わって、床のタイルが見えなかっ
たほど」と、当時を振り返って女将さんは言う。
また、地方から銭湯を経営するために東京方面に出てくる世帯
も多く、そういった同業者間のネットワークで新しい土地や建
物の紹介も頻繁に行われていたとのこと。

そして尾久で約2年間を経た頃、現在の場所(青井3丁目)に土
地の紹介を受けた。

その頃はちょうど「住居表示法」が整備される最中で、この辺
りは「四ツ家」という町名だった。女将さんによれば、辺りに
は住宅はほとんど建っておらず、水田を埋め立てて家と銭湯を
建築したそうだ。
(文献をみると、この地域は江戸時代に新田として開発され、
「精出耕地」という名であった。この「精」から「青」、「耕」
から「井」の文字をとって昭和41年より「青井」という町名に
なる)歩いて行けるところに都営住宅が1棟あるのみだったが、
ご主人はこの地に念願の「自分の銭湯」を建てることを決意し
た。

そして昭和40(1965)年6月5日、当時の町名「四ツ家」を屋
号に入れた「四ツ家浴場」の歴史が始まった。
ご主人36歳、女将さんは32歳の時だった。

四ツ家1

♨ただ一生懸命に働いて

「四ツ家浴場」開業の翌年に町名は「青井」となり、周辺には
次第に住居も増え、町が造られていった。家が建ち、人が増え
るのと比例してお客さんも増え、「ただただ忙しかった」そう
だ。
女将さんは小さな子供を抱えて掃除に番台、家事もこなす日々。
開業当時から燃料は薪だったため、当初は薪の調達に早起きし
てはリヤカーを引いて新宿までの往復をしていたとのこと。

数年して経営が軌道に乗ってくると「ようやく軽トラックを購
入することができて、ずいぶん薪の仕入れが楽になった」と女
将さんは懐かしむ。

四ツ家13

ご主人は「新しいことをしなければ」と常々考えていたそうだ。
そのため、開業にあたっては当時の最新設備を導入して浴槽を
作った。
コーナーに滝を模した石を設えそこから湯を流したり、超音波
気泡、ジェットなどの新しい機能はこの浴場の人気に拍車をか
けた。

四ツ家4

銭湯に隣接するコインランドリーも、開業当初からの設備だそ
うだ。(ちなみに現在コインランドリーの看板には<四ツ谷浴
場コインランドリー>と表示してあるのだが、
“何故「家」ではなく「谷」なのか?”の問いに、女将さんは
「看板屋さんが間違えちゃったのよ。面倒だからそのまま付け
ちゃったの」と笑って答えてくれた。更に、銭湯軒先の屋号は
「よつや浴場」と平仮名で作られているが、こちらは「だって
わかりやすいでしょ」という至ってシンプルな理由だった)。

様々な入浴剤が開発されると早くから取り入れ、この日替わり
薬湯は現在でも「四ツ家浴場」の代表的な人気の要素となって
いる。

四ツ家5

明るく前向きで、看板の話からもわかるように女将さんはシン
プルでストレートな人柄だ。
顔を合わせて話をしていると、ゼロの状態から銭湯商売を始め、
ただ一生懸命に家族とお客さんのことだけを考えて仕事をして
きたことがよくわかる。
今年で83歳になるとはとても見えないしっかりとした言葉や仕
草には、明るく前向きな強さと銭湯で生き抜いてきた誇りが垣
間見える。

四ツ家9

♨平成、そして今

時代は平成となり、「四ツ家浴場」は今も町の生活文化に欠か
せない銭湯として、人々のからだとこころを温め続けている。
浴室の背景には、男女の仕切りを超えて繋がるタイル画が設え
られている。
これは昭和の終わり頃、浴場組合婦人部の旅行で瀬戸大橋を訪
れた際に女将さんが撮影した写真に忠実に、タイル業者さんが
描いたものだという。
圧倒的なこの大パノラマは、褪せることなく雄大にお客さんを
迎えている。日々ホースで水を掛けてこのタイル画を洗うとい
う女将さんは、どんな想いでこの景色を見ているのだろうか。

四ツ家12

さらに、平成元(1989)年に番台形式からフロント形式に造り
替えた。以前は下足入れが今よりも多くあり、また男女とも脱
衣所から玄関方向には小さな坪庭があったそうだが、これらを
移設してロビー空間を作っている。ご主人と女将さんが年齢を
重ねてきたのと同じように、ご近所の常連客たちも歳をとって
きた。ロビーのソファで寛ぎながらの談笑が、なによりお客さ
んたちには癒しのひと時となっているに違いない。

設備の老朽化が目立つようになってくると、煙突に不安が生じ
た。万が一、倒壊してしまった場合、近隣の住宅に重大な迷惑
をかけてしまう。このため開業以来燃料に薪を使用してきたが、
多額の費用をかけて風呂屋の象徴である「煙突」を落とし、都
市ガス燃料へ移行。そのわずか1年後に、あの東日本大震災が
起きた。

四ツ家10

交通の変化でみると、つくばエキスプレス開通によって近くに
「青井駅」が新設された。
昔から近隣徒歩圏内のお客さんが圧倒的に多い銭湯だが、この
路線開通により六町あたりから電車で訪れる常連客も出来たよ
うだ。

四ツ家11

現在高齢のご主人はほとんど表には出ず、ゆっくりと過ごされ
ており、銭湯の運営は実質女将さんと息子さんによるものだ。
向かいに次男ご家族が住んでおり、二人のお孫さんも大きくな
り、賑やかなファミリーだそうだ。仕事に忙殺されてきたばか
りなのかと思えば、女将さんには三味線という素敵な特技があ
るそうだ。
師範の免状ももっており、定休日の火曜には月に2回、春日部
からお越しになる尺八の先生を交えての「民謡教室」を開催し
ているという。また、青井住区センターでの交流にも積極的に
参加し、趣味を通じての地域貢献にも取り組んでいる。三味線
の話をするときの女将さんは、少しだけ照れくさそうな笑顔を
見せてくれるのが微笑ましい。

四ツ家7

「身体が続くまで」と、女将さんは何度も言葉にするが、カラ
フルな販売用タオルが整然と並べられ、きれいに維持されたフ
ロント周りや、常連客と互いに作っては交換し合っているとい
う手作りクラフトの数々、そして何より女将さんの明るく前向
きな笑顔を見るにつけ、これからも当分、人が集まり談笑と民
謡が聞こえてくる銭湯であり続けると実感した。

四ツ家2

【四ツ家浴場】
足立区青井3−37−12 ☎03-3880-1478
営業時間 16:00〜24:00
定休日 火曜
開業:昭和40(1965)年、改装:平成元(1989)年